奇貨居くべし(きかおくべし)

意味:珍しい品は買っておけば、後日大きな利益をあげる材料になるだろう。転じて、得がたい好機を逃さず上手くこれを利用しなければならないということ。

 

由来:中国戦国時代末期、趙の都・邯鄲(かんたん)に呂不韋(りょふい)という大商人がいた。

呂不韋は韓の陽翟(ようたく)の生まれで、若い頃から商人として各地を渡り歩いており、邯鄲にやって来たのも商用のためであった。

ある日、呂不韋は邯鄲の路上でみすぼらしい格好をした人物を見かけ、商人仲間たちの話から、それが当時秦の太子であった安国君(あんこくくん)の子・異人(いじん)(のちの荘襄王)であると知った。安国君には20数人の子があった上に、異人の母・夏姫(かき)は安国君からの寵愛を失っていたことから、彼は太子にたてられる見込みもなく、趙に人質として送られ貧しい生活を送っていたのである。

呂不韋は、

「これ奇貨なり。居くべし。(これは掘り出し物だ。買い入れてうまく利用しよう)」

と考えた。

そして呂不韋は異人の屋敷に訪れ、名を売るための資金として彼に大金を与え、趙の名士たちと積極的に交流するよう勧めた。

こうして異人は名声を高め、彼の評判は秦にまで伝わった。

次に呂不韋は秦へと向かい、安国君が最も寵愛する華陽(かよう)夫人と接触した。

安国君に寵愛されていた華陽夫人だが、2人の間には未だ子が無く、このまま年をとって色香が衰えたときに自らの地位が危うくなる事を恐れていた。

そこに目をつけた呂不韋は、華陽夫人に、

「異人様はとても賢明な方です。それに華陽夫人のことを実の母親のようにお慕いしているようです」

と吹き込んだ。

さらに呂不韋は華陽夫人の姉に近づき、珍品や名品の数々を献上して、この姉を通じて異人を華陽夫人の義理の息子とするよう説得した。

こうして華陽夫人は異人を養子として迎えることを決め、安国君に彼を世継ぎとするよう求めて、安国君はそれを受け入れた。

こうして安国君の後継者となった異人は、養母である華陽夫人の出身である楚に因(ちな)んで名を子楚(しそ)と改め、呂不韋を後見として迎えた。

その後、子楚が荘襄(そうじょう)王として即位すると、呂不韋はついに秦の丞相となり、彼の計画は見事成功したのであった。

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